主人公をみつけた

世界の隅にいるオタクのブログ

推しは人間である。わかってるつもりでいた。

 

私はきっと、推しが人間であることを知らなかった。

ずっと完結しない物語の登場人物だと思っていた。

推しとは直接会って話したこともある。
いわゆる『認知』をもらって久しい。
チェキ会で顔を合わせれば友人のように賑やかな会話をしていた。

それなのに、推しが人間であることを私が本当に理解したのは、推しがグループから卒業するという報せを聞いてからだった。

 


いわゆるオタクになって二十年くらい経った。
ここまでの半生、なにかしら好きなコンテンツが常にあった。
けれどそれは大抵画面の向こう側のできごとやキャラクターで、完結した物語から逸脱することはなかった。
いつも誰かが作り出した物語に夢中だった私は、ある日突然推しに出会った。

あ、この人のこと好きだ。

そう思ったその翌月には手元にほとんどのCD、DVDや写真集、買えうるグッズが揃っていた。
翌々月にはファンクラブ会員になって、ちょうど行われていたフリーライブへ一人で行き、握手をした。ほんのちょっとだけ会話もした。

鮮烈だった。衝撃だった。
推しが体温をもっていて、それでいて視線が合う。
私が発した言葉に対してレスポンスがある。
そして何より、生でダンスが見れる。歌が聴ける。MCを見れる。

こんなに楽しいコンテンツがあるのかと大いにはしゃいだ。

推しのグループは大雑把に分類するといわゆるインディーズの地下アイドルだと思うけれど、集客やライブの規模はメジャーデビューしているグループとも並ぶものだった。
中野サンプラザパシフィコ横浜幕張メッセでもライブを行い、来年2023年にはついには夢だった武道館に立つ。

推しのグループは成り立ちやメンバーも一風変わっており、彼らは前途多難な道のりをたどってきた。
奇跡みたいな偶然がたくさん折り重なって今の形に到達したグループだった。

私はその物語が大好きだった。
同じコンテンツで別々に活動していた人たちが、たまたま集まったところから始まった嘘みたいなストーリー。
挫折や苦悩もありながら、着実に大きな夢を叶えていくその姿はうつくしかった。

なにより、大人になってからでも夢を見ていいんだ、そして叶えていいんだと背中を押してくれた。
推しに励まされて、会社を辞めてアルバイトをしながら小さな頃からの夢をまた追いかけ始めた。
まるで私もその物語の登場人物になったような心地だった。
だけど、物語には終幕がつきものだ。

 

2023年末、推しは卒業する。
表舞台から降りるのだ。
アイドルになる前に働いていた仕事に再挑戦するのだという。

私はようやく、自分が魅了され夢中になり──ある種どっぷりと依存していたその物語は、推したちがたまたまその人生の途中を垣間見せてくれていただけなんだと理解した。

私は推しの本名を知らない。
出身地も知らない。
誕生日だってついこの間知ったばかりだ。
推しが自身のコンテンツの発信を終えたら、それは私にとって彼の死に等しい。

やめないでといいたかった。
さみしいよ、はなれないで、ずっとここにいて、ずっとみせて。
みんなと一緒にいるあなたをずっとみせて。

恥も外聞もなく叫びたかった。

だけど、私は彼らの物語に励まされて自分の夢に再挑戦した。
そしてその道の始まりに幸運にも立てている。
そんな私が、彼の足を引っ張るようなことを言えるわけがない。
後ろ髪を引っ張ってどうするんだ。
応援してるなら、ちゃんと見送らなきゃ。
そう言い聞かせて、そうだよね、と頷いて飲み込むふりをした。

推しは人間だ。
当たり前のこと。忘れちゃいけないことだ。
だけど、私は忘れてたんだと思う。

人間であることは、つまり自分で自分の人生を取捨選択できるということだ。
推しの人生に新しい選択肢ができることを、否定することはできない。
してはいけないことだ。

推しは誰かが作ったフィクションじゃない。
だから常に彼は選択する。思考して、決断して進む。
私たちの知らないうちに。私たちの知りえないところで。
そのことが、こんなにも残酷だと知らなかった。知りたくなかった。
そしてなにより、そんな当たり前のことを残酷だと認識してしまった自分が情けなかった。

 

あと一年とすこしの間、推しはまだその物語をみせてくれるらしい。

そして推しが卒業しても、奇跡みたいなうつくしいグループは活動を続ける。

きっとさまざまな困難が待ってると思うけれど、呆気なくパワーダウンしてしまうことはないだろう。彼らは努力の人たちだから。

 

 

世のアイドルたちの卒業発表から実際に卒業する期間をみると、突然の別れじゃないだけマシなのかもしれない。
整理の時間を涙も涸渇しそうなくらいたっぷりくれたのは、優しさと覚悟の証拠だ。

どうかこれから私たちが送る言葉ひとつひとつが、彼にとって呪いになりませんように。
せめてもの祝福になりますように。
背中を押すものになりますように。
願わくば、彼のなかで続く物語がずっとしあわせでありますように。